APTルールと株主ローンとは — オーナーが出すお金をプレミアリーグがどう縛るか

〜オーナーの会社は、相場より高く払えない〜No.11
サッカー財務ルール

オーナーの関連会社がスポンサーになること自体は禁じられていません。APTルールで重要なのは、関連当事者との取引をどの価格で財務上認めるかです。

スポンサー収入、株主ローン、増資は別の取引です。制度の説明と個別の紛争を分け、会計上の金利と規則上の調整も区別します。

1. ルールの中身は一行

クラブと、その所有者に関係する会社との取引は、公正市場価値(Fair Market Value)で行われなければならない。

これだけです。オーナーの関連会社がスポンサーになること自体は禁止されていません。重要なのは、規則に従った価格で審査・調整されることです。単に市場で報じられた相場を超える支払いを一律禁止する、という説明では不正確です。

「その胸スポンサー契約、本当に相場どおり£40mですか。無関係の会社なら£15mしか出さないのでは?」——リーグがそう問い、相場からかけ離れていれば、帳簿に計上できる金額を相場まで引き下げる。それがこのルールの働き方です。

このルールはプレミアリーグの規則集(Handbook)に、E.56〜E.82として実際に書かれています。「関連当事者」の定義もA.1.25にあり、対象は3種類です。

対象となる取引規則上の定義
クラブ と 関連当事者同じ企業グループ・共通の所有者や役員・同じ相手から重要な影響を受ける先
クラブに登録された選手 と 関連当事者—
監督・上級役員 と 関連当事者—

出典: Premier League Handbook(規則原文PDF)、Premier League「Summary of Associated Party Transaction and Fair Market Value Rules」(公式)

もう1つ、あまり知られていない点があります。関連会社でない相手との取引も、金額が大きければ届け出が必要です。基準は£1m、またはクラブの年間売上の5%のうち低いほう。判定にあたってリーグは、£100,000を超える商業契約を集めた独自のデータバンクと突き合わせます(Premier League公式)。

相場を判断する材料を、リーグ自身が持っているということです。

2. いつ、なぜできたのか

APTルールが導入されたのは、2021年12月にサウジアラビアの公的投資基金(PIF)がニューカッスル・ユナイテッドを買収した直後です。

国家規模の資金力を持つ所有者が現れたとき、既存のルールでは競争の公正さを保てない。そう判断した他クラブが、急いで作った防波堤でした。特定のクラブを念頭に置いて作られたルールである、という点は押さえておく価値があります。ここが、のちの法廷闘争の火種になります。

3. マンチェスター・シティとの争い

マンチェスター・シティは、このルールそのものを法的に争いました。長い経緯を、要点だけ追います。

2024年:独立審判所が判断を示します。シティの主張は部分的に認められました。

  • 株主からの低金利ローンも、APTルールの対象に含めるべきである
  • ルールを厳格化した改正の一部は、競争法に違反する

ここで注目すべきは1点目です。オーナーが自分のクラブに無利子または極めて低金利でお金を貸す行為。市場で借りれば利息を払うところを、オーナーが肩代わりしている。これは実質的な補助ではないのか——という論点で、シティ側の指摘が通りました。この判断は、株主ローンに依存していた他の複数クラブにも波及しました。

2025年9月8日:プレミアリーグとマンチェスター・シティが和解し、係争は終結します。和解にあたり、シティは現行のAPTルールが有効かつ拘束力を持つことを受け入れました。

つまり、ルールは残りました。ただし、シティの指摘を受けて中身は修正されています。攻めた側が「ルールの精度を上げた」という決着でした。

4. なぜこの話が地味に重要なのか

移籍のニュースは移籍金の額で語られます。しかしSCRの時代には、分母(収入)をどう作るかのほうが、長期的には効いてきます。

スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%

ここでの85%は国内SCRのグリーン基準です。分母は規則上の調整後の値で、国内のシーズン中の判定では事前合意した収益等を使います。欧州大会の対象クラブは、定義・期間の異なるUEFAの70%も別に確認します。費用枠の増加は、同額の移籍金を使えるという意味ではありません。公式説明。

分子を減らす方法には選手売却のほか、給与や獲得費用の管理などもありますが、分母を増やす道は複数あります。放映権、試合日収入、商業収入、選手売却益。このうち商業収入だけは、オーナーの意思で操作できる余地がありました。APTルールは、そこに蓋をしています。

逆に言えば、このルールがどれだけ厳格に運用されるかで、リーグの勢力図が変わります。緩めれば資金力のある所有者が有利になり、締めれば既存の強豪が守られる。どちらに転んでも誰かが得をするので、争いが絶えないわけです。

5. 株主ローンという抜け道

APTルールには、当初あえて外されていた項目があります。株主からの貸付です。

株主ローンとは

オーナーが、自分の持つクラブにお金を貸すことです。出資(返さなくていい)ではなく、貸付(返す義務がある)として処理します。

なぜ貸付にするのか。理由はいくつかありますが、財務上の扱いが違うのが大きな点です。そして——ここが問題になったのですが——その金利は、オーナーが自由に決められます。

無利子でも構いません。市場で借りれば年5%の利息がかかる£300mを、オーナーが0%で貸す。年£15m相当の利息負担が、消えます。

2024年に何が判断されたか

マンチェスター・シティがAPTルールを争った裁判で、独立審判所は次の判断を示しました。

  • 株主からの低金利ローンも、APTルールの対象に含めるべきである
  • ルールを厳格化した改正の一部は、競争法に違反する

プレミアリーグ自身が、この判断を公式声明で認めています——審判所は株主ローンをAPTルールの対象から外すべきではないと判断した、と(Premier League公式声明・2024年10月7日)。

同じ声明で、リーグはこうも書いています。審判所はAPT制度そのものの必要性を支持し、マンチェスター・シティの主張の大半を退けた。そして、APTルールがなければPSRが機能するとは考えにくい、と。

つまり「シティが勝った」という報じられ方をした一件ですが、リーグ側の公式の理解は正反対です。ここは押さえておく価値があります。

なぜ株主ローンが最初から除外されていたのか

意外に思えるかもしれませんが、除外を決めたのはクラブ自身でした。透明な投資を促したいという理由で、19クラブが除外に賛成しています。そこにはマンチェスター・シティも含まれていました(Premier League公式声明)。

自分たちで除外に賛成したルールを、のちに自分たちで争った——という構図になります。

1つ目が本題です。「相場より安い金利で借りること」は、「相場より高い金額でスポンサー契約を結ぶこと」と、経済的には同じではないかという指摘でした。

どちらも、オーナーが自分の資金力を使ってクラブの負担を軽くしている。片方だけを規制するのは筋が通らない——この主張が認められたわけです。

誰に効いたのか

興味深いのは、この判断がシティ以外のクラブに大きく効いたことです。

株主ローンに依存していたのは、むしろ他の複数クラブでした。オーナーが赤字を無利子の貸付で埋め続ける、という形は珍しくありません。

つまりシティは、自分に不利なルールを争った結果、他のクラブにも規制が及ぶ形に持ち込んだことになります。「自分だけが縛られるのはおかしい」という主張が通った、と言い換えてもいい。

そして2025年9月8日の和解で、シティは現行のAPTルールが有効かつ拘束力を持つことを受け入れました。ルールは残り、精度が上がって決着しています。

なぜこれが重要か

前に「オーナーの金では、使える上限は増えない」と書きました。

2026/27から始まるSCRの式では、こうです。

スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%

オーナーからの資金注入は、分母(調整後収益)に入りません。£500m入れても、使える上限は1ペニーも増えない。

しかし株主ローンには、別の効き方があります。金利負担が減れば、その分だけ費用が減る。SCRの分子はスカッドコスト(給与・償却費・代理人手数料)に限られるため直接には効きませんが、実際の支払いを減らす可能性がありますが、PSR等の評価では規則上の金利調整を別途確認します。

そして何より、赤字を無利子で埋め続けられるなら、クラブは実質的に破綻しません。前に「サッカークラブは潰れないから価値が高い」と書きましたが、その「潰れなさ」の一部は、オーナーの財布によって支えられています。

独立規制機関はどう見るか

以前に取り上げた独立サッカー規制機関(IFR)は、免許の条件としてクラブの財務健全性を審査します。

オーナーの貸付に依存した経営は、オーナーが撤退した瞬間に崩れます。無利子の借金は、返済義務が消えたわけではありません。オーナーが変われば、新しい所有者が回収に動くこともあり得ます。

誰の金で回っているのかは、規制する側が最も知りたい情報の一つです。IFRが金融当局(FCA)と情報共有の覚書を結んだ背景には、こうした資金の実態を把握する狙いもあると考えられます。

6. 読むときに確認したいこと

新しいスポンサー契約が発表されたら、こう見てみてください。

  • スポンサーはオーナーと関係のある会社か(航空会社、通信、観光局などは要注意)
  • 金額は同規模のクラブの契約と比べて自然か
  • クラブが「記録的な商業収入」と発表したとき、その伸びはどこから来たのか

「£100mで獲得」の裏側には、たいていその£100mを正当化するための収入づくりがあります。


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出典

本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。法的な助言を目的とするものではありません。
- Premier League「Premier League statement」2024年10月7日(公式声明・株主ローンと審判所の判断)
- Premier League「Handbook(Rule Book)」(規則原文PDF)
- Skadden「England's New Independent Football Regulator」

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