チェルシーの胸スポンサーUSDC — 契約発表と報道された金額を整理する
〜発表と契約金額の報道を分ける〜No.69胸スポンサーの契約は、空いていた広告枠を収益化する動きです。ただし、発表されたスポンサー名だけでは、年額や契約期間の全条件は分かりません。
USDCの契約発表と、それ以前の候補報道を分けて読みます。報道額をそのままSCR上の増収や追加移籍金として扱いません。
1. 概要 — 何が決まったのか
発表されたこと、されていないこと
クラブ公式が発表した内容は、意外なほど短いものでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| スポンサー | サークル社(USDC by CIRCLE) |
| 肩書き | Principal Partner/公式フロント・オブ・シャツ・パートナー |
| 対象 | 男子・女子・アカデミーの3チーム |
| 開始 | 2026/27シーズンから |
| 初掲出 | 8月30日 ブライトン戦(ホーム) |
| 契約金額 | 公表なし |
| 契約年数 | 公表なし |
金額も年数も出ていません。ここは正直に書いておきます。
そして報道は割れています。1年契約だとする報道(TipRanks)がある一方で、長期契約と伝えるところ(Footy Headlines)もあります。クラブは両方について何も言っていません。
金額については、クラブ関係者の話として「目標としていた市場価格=1シーズンあたり£50mに沿う水準」と伝えられています。これも公式発表ではありません。
サークル社とは何をしている会社か
聞き慣れない名前だと思うので、少し説明します。
サークルは2013年設立のアメリカの金融テクノロジー企業で、USDCという「ステーブルコイン」を発行しています。
ステーブルコインというのは、1枚=1ドルに価値を固定した電子的なドルのことです。ビットコインのように値段が上下するものではありません。1USDC発行するごとに、裏側で1ドル分の米国債や現金を持っておく。だから1ドルのまま動かない、という仕組みです。
ここが大事なのですが、サークルの儲け方はその裏側の米国債の利息です。2026年上半期の売上£約9.4億ドル相当のうち、95.5%が利息収入でした。預かったドルを国債に置いて、その利息を取る。銀行に近い商売です。
規模はこうです。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| USDC流通量 | 約$73.9bn(2026年8月時点) |
| ドル建てステーブルコイン市場でのシェア | 25.3% |
| 上場 | 2025年6月、NYSE($31で公開) |
| 時価総額 | 約$295億 |
| 英国での資格 | FCA(英金融行為規制機構)の電子マネー発行者ライセンス |
暗号資産の会社ではありますが、FTXのような取引所ではありません。英国の金融当局から免許を取っている、規制された側の会社です。ここは区別しておいたほうがいい点です。
約3年間、チェルシーの胸で何が起きていたか
空白の約3年を並べると、こうなります。
| シーズン | 胸スポンサー | 性質 |
|---|---|---|
| 2015-2020 | ヨコハマタイヤ | 長期契約 |
| 2020-2023 | Three | 長期契約・年£40m |
| 2023/24 | Infinite Athlete | 単年 |
| 2024/25 | DAMAC Properties | シーズン途中から・一部試合のみ |
| 2025/26 | IFS | シーズン途中から・£15m |
| 2026/27〜 | USDC by CIRCLE | 本契約 |
Threeが抜けた直接の原因は、ロマン・アブラモヴィッチ氏への制裁でした。オーナーが替わり、契約も切れた。
そこからは、ずっとつなぎです。IFSに至っては2026年2月に「今季の残り分だけ」で£15m。IFS自体はグローバルパートナーとして2028年まで年£3.5mで残りますが、胸からは降ります。
この期間には短期契約もあり、スポンサーがずっと不在だったわけではありません。長期的に安定した契約を確保できていたか、という問題です。
2. 他の候補 — 名前が挙がっていた会社
なぜ決まらなかったのか
理由ははっきりしています。チェルシーが値段を下げなかったからです。
クラブが目標にしていたのは、当初年£60m〜£65m。念頭にあったのはマンチェスター・ユナイテッドとSnapdragonの年$75mでした。「ウチもあれくらいの額でないと」という発想です。
ただ、チェルシーは2023/24と2024/25にチャンピオンズリーグに出ていません。2025/26も10位。世界中に映る試合数が減ると、胸の価値も下がります。
それでも安売りしなかったのは、計算があったからです。もし£60mの価値があると考えているのに£40mで妥結すると、次の交渉相手に「チェルシーの胸は£40m」という前例を渡してしまう。だから待った。
最終的には£45m〜£50mまで下げたと伝えられています。
断られた側と、断った側
報道で名前が挙がった会社を整理します。いずれも報道ベースで、クラブは認めていません。
| 会社 | 業種 | 結末 |
|---|---|---|
| Paramount | メディア | 2023年夏、プレミアリーグが承認せず |
| Stake | 賭博 | サポーターの反発。その後、規制で不可に |
| Kaiyun Sports | 賭博 | 同上 |
| Riyadh Air | 航空(サウジ) | 2025年12月に交渉。まとまらず |
| KNOX Hydrate | 飲料 | チェルシーが見送り。ニューカッスルへ(年£80m規模と報道) |
KNOXの件は皮肉です。チェルシーが「その額では」と見送った相手が、ニューカッスルの胸に収まった。ニューカッスルの胸スポンサーの一覧はプレミアリーグ胸スポンサー2026/27にまとめてあります。
賭博会社という選択肢が消えたこと
StakeとKaiyunの名前が並んでいるのを見て、気づいた方がいるかもしれません。もう選べません。
2026/27シーズンから、プレミアリーグは賭博会社の胸スポンサーを禁止しました。クラブ側の自主的な合意にもとづくものです。
これは全クラブの交渉環境を変えました。これまで£5m〜£25mの価格帯を支えていたのが賭博会社だったからです。その層がまるごと消えた。リーグ全体で£80m規模の減収という試算もあります。
チェルシーが約3年待った期間は、ちょうど買い手が減っていく期間と重なっていました。待てば良い条件が来る、という前提のほうが揺らいでいたわけです。
そう考えると、サークルという「規制された金融会社」が出てきたのは、賭博の抜けた穴に金融が入ったという2026/27全体の流れと同じ形をしています。20クラブのうち金融・保険が7社。いちばん多い業種です。
3. 契約後の影響 — 財務にどう効くのか
£490.9mの売上に、いくら足されるのか
チェルシーの直近の決算はこうです。
| 項目 | 金額 | 出典 |
|---|---|---|
| 売上高(2025年6月期) | £490.9m | 決算書(Companies House) |
| 税引前損益 | −£262.4m | 同上 |
プレミアリーグ史上最大の税引前赤字です。
仮に胸スポンサーが年£50mだとすると、売上の約10%にあたります。前季の実質ゼロ(IFSの£15mは今季分)からの上積みですから、効き方としては小さくありません。
ただし、赤字£262.4mを埋めるには足りません。桁がひとつ違います。チェルシーの赤字は移籍金の償却と人件費が主因で、スポンサー1社でどうにかなる規模ではない。
「適正価格」との比較
本サイトで以前扱ったThe Sponsorの適正価格という分析があります。各クラブの胸スポンサーが本来いくらの価値かを推定したものです。
| クラブ | 適正価格の推定 |
|---|---|
| リヴァプール | £61.0m |
| チェルシー | £33.6m(前年比£16.7m減) |
推定値は£33.6m。もし報道どおり£50m前後で決まったなら、推定より4割ほど高いことになります。
約3年待った判断は、少なくとも金額の面では間違っていなかった、という見方ができます。ただし繰り返しますが、£50mは公表値ではありません。
SCR(新しい財務ルール)から見ると
ここがいちばん実務的な話です。
プレミアリーグの新ルール(SCR)は、ざっくり言えば「選手にかけたお金 ÷ サッカーで稼いだお金」を一定比率以下に収めるというものです。詳しくはSCRとSSRの読み方に書きました。
スポンサー収入は、この分母に入ります。分母が£50m増えれば、同じ比率のままでも選手に使える額が増える。
しかも重要なのは、サークルがチェルシーのオーナーと無関係な第三者である点です。オーナーの関連会社からの入金は「関連当事者取引(APT)」として適正価格まで引き下げられる可能性がありますが、外部企業との普通の広告契約にその調整は入りません。素直に分母に乗る収入です。
チェルシーは過去に、ホテルや女子チームを姉妹会社に売って利益を計上したことがあります。あれは「本業で稼いだ」とは見なされにくいお金でした。今回はそれとは違います。
1年契約だとしたら、何が問題か
もし報道どおり1年契約なら、話は変わります。
来年また同じ探しものを始めることになるからです。しかも、そのときには「チェルシーの胸は£50m」という前例ができている。値段を上げにくくなります。
さらに、サークルの収益は米国債の利息に依存しています。金利が下がれば売上が縮む構造です。スポンサーとしての体力が金利次第、という側面はあります。
一方で、複数年契約なら評価は逆になります。契約条件を満たし、毎年£50mを対象収益に算入できると仮定するというのは、SCR上とても強い。
契約年数が公表されていないというのは、財務の観点からはいちばん知りたい部分が伏せられているということです。
4. 読むときに確認したいこと
- チェルシーの胸はUSDC by CIRCLE。2026/27から男子・女子・アカデミーの全チーム
- 金額も年数も公式発表なし。年£50m前後・1年契約という報道はあるが、確認されていない
- サークルは暗号資産の取引所ではなく、FCA免許を持つ規制されたステーブルコイン発行会社。収益の95%は米国債の利息
- 交渉長期化の背景として、希望額と提示額の差が報じられています。£60m〜£65m目標を£45m〜£50mまで下げて決着
- 見送った候補にはParamount(リーグが不承認)、Stake、Kaiyun(賭博で規制対象に)、Riyadh Air、KNOX(ニューカッスルへ)
- 財務的にはSCRの分母が増えるのが最大の意味。ただし赤字£262.4mを埋める規模ではない
来季のチェルシーの胸を見たら、契約の継続期間にも注目してください。そして何年もつのかは、まだ誰も知りません。
関連記事
出典
- Chelsea FC「Chelsea Football Club announces Circle Internet Group as Principal Partner」(クラブ公式発表)
- Circle「Chelsea FC and Circle Bring USDC Brands to the Global Game」(サークル社公式リリース)
- Companies House「Chelsea FC Holdings Limited 年次報告書(2025年6月期)」(売上・損益)
- Premier League「Premier League statement on gambling sponsorship」(賭博スポンサー規制の公式声明)
- Premier League「New Premier League financial system explained」(SCRの定義)
- The Block「Circle strikes Chelsea front-of-shirt sponsorship deal featuring USDC」(USDC流通量・シェア)
- TipRanks「Chelsea Sells Shirt Front to Circle as USDC Logo Debuts in One-Year Deal」(1年契約・£50m報道)
- Footy Headlines「Chelsea Announce USDC as New Front-of-Shirt Sponsor From 26-27 Season」(長期契約と報道)
- SportsPro「Chelsea sign IFS shirt deal until end of 2025/26 season」(IFSの£15m・£3.5m)
- Sports Illustrated「Chelsea Finally Find New Shirt Sponsor—But There's a Catch」(Paramount・Stake・Riyadh Air・Kaiyun)
- Goal「Why Chelsea STILL don't have a front-of-shirt sponsor」(Three £40m・空白の経緯)
- GiveMeSport「Why Chelsea Have No Shirt Sponsor For 2026/27 Season」(値下げしない理由)
- The Sponsor「Revealed: Premier League Fair Market Sponsorship Values 2026」(適正価格£33.6m)
- Gambling Insider「Premier League Gambling Ban Leaves Clubs Facing £80m Sponsorship Shortfall」(£80m減収の試算)
- S&P Global「Circle Internet's revenue set to surge as stablecoin adoption accelerates」(利息収入の比率)
本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・企業とも関係はありません。契約金額と契約年数はクラブ・サークル社ともに公表しておらず、本文中の金額はすべて報道にもとづく推定です。売上の約10%という計算は筆者による概算です。暗号資産・株式への投資に関する助言を目的とするものではありません。
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