SCRを改善するために効くこと ベスト5 — チェルシー式とアーセナル式、勝ったのはどちらか

〜差の89%は売却益ではない〜5つ

2026/27から始まるSCR(スカッドコスト比率)を改善するには何をすればいいのか。選手の売却益を積むチェルシー式と、収入を伸ばすアーセナル式を決算書の数字で比べ、改善に効く順で5つ並べます。答えは決算書に出ています。

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「選手を売って利益を出すのと、ピッチで勝つのと、どちらがSCRに効くのか」

これは答えが出ます。両方をやった年の決算書が、もう公開されているからです。

先に結論だけ書きます。アーセナルは、チェルシーが得意なはずの「選手の売却益」でも、チェルシーに勝っていました。

前提 — SCRは分数である

何が上で、何が下か

SCRは割り算です。ここを押さえないと、以下の話が全部ぼやけます。

スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%

分子(上)に入るもの分母(下)に入るもの
選手の給与サッカーに関する収益
監督の給与選手売却の純損益
移籍金の償却費・減損女子チームの収益
代理人手数料アカデミーの収益

詳しい線引きはSCRとSSRの完全解説に書きました。ここで大事なのは2点だけです。

選手の売却益は、分母に入る。 収入と同じ扱いです。

女子チームとアカデミーは、収益が分母に入るのに費用は分子に入らない。 ここに非対称があります。

£1の重さは、上と下で違う

意外に知られていない話をひとつ。同じ£1でも、分子を減らすほうが分母を増やすより効きます。

分子£400m・分母£500m(SCR 80%)のクラブで試します。

やったこと計算SCR改善幅
何もしない400 ÷ 50080.0%
分母に£50m足す400 ÷ 55072.7%−7.3pt
分子から£50m削る350 ÷ 50070.0%−10.0pt

同じ£50mで、2.7ポイントの差が出ます。

ただし、分子を削るというのは選手の給料か移籍金を減らすということです。チームは弱くなります。分母を増やすほうは、チームを弱くしません。

単価では分子、続けやすさでは分母。 この対立が、以下のランキングの背骨になります。

効く順に5つ

順位づけの基準は、改善幅の大きさ × それが続くかどうかです。1回きりで終わるものは下げています。

1位 欧州カップ戦で勝ち進む

いちばん効きます。しかも3つの収入すべてを同時に押し上げるからです。

アーセナルの2024/25は、チャンピオンズリーグでベスト4まで行った年でした。

収入2023/242024/25増減
試合日£131.7m£153.9m+£22.2m
放映権£262.3m£272.8m+£10.5m
商業£218.3m£263.2m+£44.9m
サッカー関連収益£613.5m£690.3m+£76.8m

出典: Arsenal公式「Financial results for 2024/25」

試合日収入が£22.2m増えた理由を、クラブははっきり書いています。ホームの試合が30試合になったからです。ベスト4まで行くと、ホームゲームがそれだけ増える。

放映権の増加も「主にチャンピオンズリーグのUEFA配分が増えたため」と説明されています。

つまり勝ち進むこと自体が、分母を直接押し上げる。1試合勝つごとに賞金が入る構造はチャンピオンズリーグの賞金表に書いたとおりです。出るだけで€18.62m、1勝で€2.1m。

そしてこれは翌年の商業契約の値段にも効きます。3位以下の理由が全部ここに乗ってくる。だから1位です。

2位 商業収入を伸ばす

アーセナルの商業収入は1年で£44.9m増えました。増加額としては3つの収入の中で最大です。

クラブが挙げている理由は3つ。adidasとの契約更新・延長Sobha Realtyからの通年の収入、そして二次的な契約の本数増加と単価上昇です。小売部門も前年の記録から27%増でした。

この話はアーセナルの商業収入が19%増に詳しく書いています。

商業収入が2位である理由は、複数年契約なので、翌年も同じ額が入るからです。順位が落ちても、契約期間中は減りません。1位の欧州と違って、負けても消えない分母です。

対照的なのがチェルシーでした。Threeとの契約が切れてから4シーズン、まともな胸スポンサーがいませんでした。ようやく決まったUSDCが年£50m前後と報じられています(→チェルシーの胸スポンサーがUSDCに決まった)。

4年間、毎年£50m前後を分母に乗せ損ねていたという見方ができます。

3位 分子を削る(償却費・契約年数・代理人手数料)

ここが単価では最強の手です。さきほどの計算どおり、£1あたりの効きが分母より大きい。

分子の中身で大きいのは2つです。

ひとつは償却費。 アーセナルの2024/25は£176.6m(別に減損£15.2m)。選手登録の帳簿価額は£486.6mから£399.0mまで£87.6m減りました

契約を長くすると、1年あたりの償却費は下がります。 チェルシーが8年契約を連発した理由がこれです(→£100mを8年で割ると、年£12.5m)。ただしこれは後ろの年に付け替えているだけで、総額は変わりません。

もうひとつは代理人手数料。 これが分子に丸ごと入るのは、あまり知られていません。

クラブ代理人手数料(1年間)
チェルシー£65,102,247
アストン・ヴィラ£38,444,289
マンチェスター・シティ£37,358,301
リヴァプール£33,881,544
アーセナル£32,149,359
トッテナム£21,384,701

出典: The FA「Football Agent Fees 2025-26」(公式PDF)。2025年2月4日〜2026年2月2日

チェルシーとトッテナムの差は£43.7m。これが全額、分子に乗ります。代理人手数料の記事にリーグ全体の数字を載せています。

なお、削っても分子に効かない人件費もあります。事務・商業部門の給与は分子の外です。チェルシーの管理部門929人の話はSCRの分子に入らない人件費に書きました。

4位 アカデミー出身の選手を売る

利益率が100%になる、唯一の手です。

自前で育てた選手は、移籍金を払っていないので帳簿価額がゼロです。£40mで売れば、£40mがまるごと利益になります。買ってきた選手なら、残っている帳簿価額を引いた残りしか利益になりません。

この仕組みはホームグロウン制度に書きました。「無料の在庫」という言い方をしています。

チェルシーの2024/25の選手売却益は£57.9mチェルシー公式)。その大半がコナー・ギャラガーとバシール・ハンフリーズという、アカデミー出身の2人だったと報じられています。

4位に落としたのは、1回きりだからです。同じ選手は二度売れません。売った翌年、分母にはその£57.9mが残りません。

続かない収入で比率を作ると、翌年また同じことをする必要が出てきます。 そして売る選手は有限です。

5位 女子チームとアカデミーに投資する

SCR固有の、いちばん見落とされている非対称です。

女子チームとアカデミーの収益は分母に入る。しかし費用は分子に入らない。

つまり赤字でも、SCRの上では得になります。

チェルシー・ウーマンの2024/25は、収益£21.3m、税引前損失£17.1mでした(チェルシー公式)。会計上は£17.1mの赤字ですが、SCRの計算では£21.3mが分母に乗って、£17.1mはどこにも乗りません

WSL全体の収益は4年で£32mから£90mへ、3倍近くになっています(→女子サッカーの収入が4年で3倍近くに)。この分野が伸びるほど、分母が自動で増える設計です。

5位なのは、金額の桁がまだ小さいからです。£21.3mは、欧州で勝ち進んだときの£76.8mには届きません。ただし伸び率はいちばん高いので、順位は今後上がると思います。

チェルシー式とアーセナル式、勝ったのはどちらか

同じ計算式で並べてみる

ここからが本題です。両クラブをまったく同じ方法で計算します。

分子は「人件費の全額+償却費と減損+代理人手数料」、分母は「サッカー関連収益+選手売却益」。

人件費には事務部門も含まれているので、実際のSCRより高く出ます。ただし両方とも同じだけ高く出るので、比較としては成立します。

アーセナルチェルシー
人件費£346.8m約£390m
償却費・減損£191.8m約£212m
代理人手数料£32.1m£65.1m
分子(合計)£570.7m約£667m
サッカー関連収益£690.3m£490.9m
選手売却益£81.7m£57.9m
分母(合計)£772.0m£548.8m
比率約73.9%約121.6%

アーセナルは公式発表。チェルシーは収益・売却益・代理人手数料が公式で、人件費と償却費は報道ベースです(FourFourTwo)。

差は約48ポイント。片方はグリーン・スレッショルド85%の下、もう片方はレッド・スレッショルド115%の上です。

差の89%は、売却益ではない

ここが答えです。分母の差£223.2mを、中身で分けます。

差の内訳金額差全体に占める割合
サッカー関連収益の差£199.4m89.3%
選手売却益の差£23.8m10.7%

分母の差の89%が、収入の差です。売却益の差は10.7%しかありません。

しかも売却益の差は、アーセナルのほうが£23.8m多い

「チェルシーは選手を売って利益を作るクラブ、アーセナルはピッチで稼ぐクラブ」という整理をよく見ますが、決算書はそう言っていません。アーセナルは両方やっていて、売却益でもチェルシーを上回りました。

なぜ売却益では追いつけないのか

チェルシーがアーセナルに並ぶには、分母をあと£223.2m増やす必要があります。選手の売却益だけで埋めるなら、今の£57.9mを£281.1mにするということです。約5倍です。

現実にはこうなります。2025年夏、チェルシーは移籍で£300m規模を回収したと報じられました。ところが決算に計上された利益は£32mにとどまったとThe Athleticが伝えています。

売値と利益は違うからです。買ってきた選手を売っても、帳簿価額を引いた残りしか利益になりません。£100mで買って3年後に£70mで売れば、帳簿価額£40mを引いて利益は£30m。売上£70mではありません。

この仕組みは「£100mで獲得」の本当の意味に書きました。

買った選手を売っても、分母は思ったほど増えない。 これがチェルシー式の天井です。

それでも売却益が要る場面はある

公平のために書いておくと、売却益には即効性があります

SCRの判定は毎年3月1日。シーズン中に判定されます。1月の移籍市場で売れば、その年の分母に間に合う。収入を増やす施策は、こんなに速くは効きません。

だから火を消すには売却益、火が出ないようにするには収入、という使い分けになります。

実際、UEFAは2025年のクラブモニタリングでチェルシーに€3mの罰金を科しました。スカッドコスト比率が70%を超えたためです(うち€2mは2026年に比率が下がることを条件とした猶予分)。詳しくはUEFAの70%に違反した9クラブに書きました。

猶予をもらった以上、チェルシーは今季、売却益を使ってでも比率を下げる必要があるということになります。

覚えておくと効くこと

  • SCRは割り算。分子は給与・監督給与・償却費・代理人手数料分母は収益と選手売却益
  • 同じ£1なら、分子を削るほうが効く(£50mで2.7ポイントの差)。ただしチームは弱くなる
  • 効く順は①欧州で勝ち進む ②商業収入 ③分子を削る ④アカデミー選手の売却 ⑤女子とアカデミーへの投資
  • アーセナル約73.9%、チェルシー約121.6%。差は約48ポイント
  • その差の89%は収入の差。売却益の差は10.7%で、しかもアーセナルのほうが多い
  • 買った選手を売っても、帳簿価額を引いた残りしか利益にならない。£300m回収して利益£32mという例がある
  • 売却益は速い、収入は続く。 3月1日の判定に間に合わせるなら売却益、来年も同じ数字を出すなら収入

「選手を売ればSCRは改善する」という話を見たら、売値ではなく利益がいくら出るのかを確かめてください。だいたい、思っているより小さい額です。


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出典

本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。両クラブのSCR比率は筆者による概算です。分子に事務・商業部門の人件費を含めているため実際の比率より高く出ますが、両クラブを同じ方法で計算しているため比較には使えます。アーセナルの数値はArsenal Holdings Limited(グループ連結)のもので、本サイトの財務データベースが採用しているThe Arsenal Football Club Limited(収益£643.3m)とは対象法人が異なります。チェルシーの人件費と償却費は報道にもとづく数値です。投資に関する助言を目的とするものではありません。

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