SCRを改善する5つの方法 — 売却益・費用削減・継続収入の違い
〜費用削減と年換算した収益で比較〜5つSCRの改善方法は、対象費用を減らすことと、規則上認められる収益を増やすことに分かれます。どの方法が最も効くかは、クラブと期間によって変わります。
売却益、給与削減、継続収入などを条件付きで比較します。2クラブの過去の決算だけで、経営戦略の勝敗や正式なSCRを判定しません。
1. 前提 — SCRは分数である
何が上で、何が下か
SCRは割り算です。ここを押さえないと、以下の話が全部ぼやけます。
スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%
| 分子(上)に入るもの | 分母(下)に入るもの |
|---|---|
| 選手の給与 | サッカーに関する収益 |
| 監督の給与 | 選手売却の純損益 |
| 移籍金の償却費・減損 | 女子チームの収益 |
| 代理人手数料 | アカデミーの収益 |
詳しい線引きはSCRとSSRの完全解説に書きました。ここで大事なのは2点だけです。
選手売却の純損益は、規定の期間で年換算されて分母に反映されます。 単年度の売上と同じ額・同じ期間で加えるものではありません。
女子チームとアカデミーは、収益が分母に入るのに費用は分子に入らない。 ここに非対称があります。
£1の重さは、上と下で違う
下の例では、同じ£1なら、分子を減らすほうが分母を増やすより比率が下がります。 改善幅は出発点の比率によって変わります。
分子£400m・分母£500m(SCR 80%)のクラブで試します。
| やったこと | 計算 | SCR | 改善幅 |
|---|---|---|---|
| 何もしない | 400 ÷ 500 | 80.0% | — |
| 分母に£50m足す | 400 ÷ 550 | 72.7% | −7.3pt |
| 分子から£50m削る | 350 ÷ 500 | 70.0% | −10.0pt |
同じ£50mで、2.7ポイントの差が出ます。
ただし、分子を削るというのは選手の給料か移籍金を減らすということです。戦力への影響も確認が必要です。費用削減で必ず弱くなるわけではなく、収益を増やす施策にも費用や日程上の負担が伴います。
以下は改善方法の分類で、効果が大きい順のランキングではありません。
2. 改善方法を5つに分ける
比較する観点は、改善幅、継続期間、実現するための費用、戦力への影響です。以下の番号は説明の順番です。
1. 欧州カップ戦で勝ち進む
欧州大会への出場や勝ち上がりは、放映権・試合日・商業の複数の収入を増やす可能性があります。増加額や費用も伴うため、常に最も有効とは限りません。
アーセナルの2024/25は、チャンピオンズリーグでベスト4まで行った年でした。
| 収入 | 2023/24 | 2024/25 | 増減 |
|---|---|---|---|
| 試合日 | £131.7m | £153.9m | +£22.2m |
| 放映権 | £262.3m | £272.8m | +£10.5m |
| 商業 | £218.3m | £263.2m | +£44.9m |
| サッカー関連収益 | £613.5m | £690.3m | +£76.8m |
出典: Arsenal公式「Financial results for 2024/25」
試合日収入が£22.2m増えた理由を、クラブははっきり書いています。ホームの試合が30試合になったからです。ベスト4まで行くと、ホームゲームがそれだけ増える。
放映権の増加も「主にチャンピオンズリーグのUEFA配分が増えたため」と説明されています。
つまり勝ち進むこと自体が、分母を直接押し上げる。1試合勝つごとに賞金が入る構造はチャンピオンズリーグの賞金表に書いたとおりです。出るだけで€18.62m、1勝で€2.1m。
欧州での露出増が商業契約の交渉材料になる可能性もあります。ただし、その増収の実現額と時期は契約次第です。
2. 商業収入を伸ばす
アーセナルの商業収入は1年で£44.9m増えました。増加額としては3つの収入の中で最大です。
クラブが挙げている理由は3つ。adidasとの契約更新・延長、Sobha Realtyからの通年の収入、そして二次的な契約の本数増加と単価上昇です。小売部門も前年の記録から27%増でした。
この話はアーセナルの商業収入が19%増に詳しく書いています。
複数年契約には継続収入の見通しを立てやすい利点があります。ただし成績連動、減額、解除などの条件によって収益は変わります。
対照的なのがチェルシーでした。Threeとの契約終了後は、暫定的な契約とスポンサー不在の期間がありました。ようやく決まったUSDCが年£50m前後と報じられています(→チェルシーの胸スポンサーがUSDCに決まった)。
年額£50mの報道から、過去の不在期間の損失額を一律に計算することはできません。代替契約や契約期間を確認する必要があります。
3. 分子を削る(償却費・契約年数・代理人手数料)
この例では、同額の費用削減は収益増より費用余力を大きく改善します。ただし、戦力を維持できるかや契約変更費用も確認します。
分子の中身で大きいのは2つです。
ひとつは償却費。 アーセナルの2024/25は£176.6m(別に減損£15.2m)。選手登録の帳簿価額は£486.6mから£399.0mまで£87.6m減りました。
5年上限などが適用されない旧契約では、長い期間に分けると年間償却費が下がります。 現在の新規・延長契約は規則上の上限を確認します。 チェルシーが8年契約を連発した理由がこれです(→£100mを8年で割ると、年£12.5m)。ただしこれは後ろの年に付け替えているだけで、総額は変わりません。
もうひとつは代理人手数料。 規則上の対象費用ですが、支払額と当期のSCR費用は同じとは限りません。資産計上された取得費用は償却等を通じて反映され、二重計上を避ける必要があります。
| クラブ | 代理人手数料(1年間) |
|---|---|
| チェルシー | £65,102,247 |
| アストン・ヴィラ | £38,444,289 |
| マンチェスター・シティ | £37,358,301 |
| リヴァプール | £33,881,544 |
| アーセナル | £32,149,359 |
| トッテナム | £21,384,701 |
出典: The FA「Football Agent Fees 2025-26」(公式PDF)。2025年2月4日〜2026年2月2日
チェルシーとトッテナムの差は£43.7m。ただし、この支払額の差がそのまま当期のSCR分子の差になるわけではありません。代理人手数料の記事にリーグ全体の数字を載せています。
なお、削っても分子に効かない人件費もあります。事務・商業部門の給与は分子の外です。チェルシーの管理部門929人の話はSCRの分子に入らない人件費に書きました。
4. アカデミー出身の選手を売る
帳簿価額が小さければ、売却額に対して大きな会計上の利益が出やすい方法です。 売却費用等は差し引きます。
自前で育てた選手は、移籍金を払っていないので帳簿価額がゼロです。売却費用等をゼロとする例で£40mで売れば、売却益は£40mです。買ってきた選手なら、残っている帳簿価額を引いた残りしか利益になりません。
この仕組みはホームグロウン制度に書きました。登録上のホームグロウン資格と、自前で育てた選手の会計処理は別の論点です。
チェルシーの2024/25の選手売却益は£57.9m(チェルシー公式)。その大半がコナー・ギャラガーとバシール・ハンフリーズという、アカデミー出身の2人だったと報じられています。
売却取引自体は一度でも、規定の複数年集計に含まれる期間は効果が続きます。
対象期間から過去の売却益が外れるときは、分母への影響を再計算します。 そして売る選手は有限です。
5. 女子チームとアカデミーに投資する
SCR固有の、いちばん見落とされている非対称です。
女子チームとアカデミーの収益は分母に入る。しかし費用は分子に入らない。
対象範囲に含まれる収益が増え、対応する費用がSCRの対象外なら、会計上は赤字でも比率が改善する場合があります。連結・報告範囲や費用区分の確認が必要です。
チェルシー・ウーマンの2024/25は、収益£21.3m、税引前損失£17.1mでした(チェルシー公式)。会計上は£17.1mの赤字ですが、国内SCRでは女子チームの収入と対象外費用を規則に沿って整理します。税引前損失£17.1m自体が費用総額という意味ではありません。
WSL全体の収益は4年で£32mから£90mへ、3倍近くになっています(→女子サッカーの収入が4年で3倍近くに)。対象収益が増えれば、規則に従って分母へ反映される設計です。
金額の規模も比較上の論点です。£21.3mは、上で示したアーセナルのサッカー関連収益の増加額£76.8m(欧州大会以外の要因も含む)には届きません。将来の成長率は不確実で、投資すれば同じ伸びが続くとは限りません。
3. 同じ条件で、改善幅を計算する
過去のクラブ決算を並べるだけでは、対象者や調整後収益の違いを取り除けません。全従業員の人件費や別期間の代理人支払額等を混ぜた比率は、正式なSCRの比較には使えません。同じ式を使っても対象範囲が異なれば、誤差も同じとは限りません。
代わりに、ほかの条件が変わらない通年のモデルで考えます。下の売却益は追加の純利益が対象期間に入る例で、過去の売却益が集計から外れる影響は置いていません。
| 変更の仮定 | 国内グリーン85%側の費用余力の改善 | UEFA70%側の費用余力の改善 |
|---|---|---|
| 対象費用が年£10m減る | £10m | £10m |
| 対象収益が年£10m増える | £8.5m | £7m |
| 追加売却益£30mが対象期間に入る | £30m÷3×85%=£8.5m | £30m÷3×70%=£7m |
| 上の売却に加えて対象費用が通年£8m減る | £16.5m | £15m |
国内とUEFAでは算入期間・定義が異なるため、実取引で両欄の効果が同時に出るとは限りません。国内のシーズン中の収益は事前合意を基礎にする点にも注意します。国内規則 Appendix 2、UEFA第93条。
この表はクラブの実際の予算ではなく、方法ごとの効き方の比較です。 売却や人件費削減には戦力面の影響があり、補充する選手の費用も必要です。増収策には投資や運営費が伴います。
4. 補強ニュースへ置き換える
- 売却額ではなく、簿価・費用等を引いた利益を確認する。
- 売却益の年換算と、退団に伴う給与・償却の削減を分ける。
- 収益増は何年続くか、契約の減額・終了条件を確認する。
- 費用余力を移籍金へ換算するときは、新加入選手の給与・手数料を引く。
具体的な移籍金への換算はリバプールのSCRと補強予算で扱います。「売れば買える」という説明でも、どの期間に、いくらの費用を減らせるのかが重要です。
関連記事
- プレミアリーグの新しい財務ルール、SCRとSSRの完全解説
- クラブ別のSCR比率を推計する
- アーセナルの商業収入が19%増 — 分母を自力で増やす
- £100mを8年で割ると、年£12.5m — チェルシーの8年契約
- SCRの分子に入らない人件費
出典
売却益の算入期間について:国内SCRのシーズン中の判定は規定の移籍期間に対応する利益を3で割り、実績確認は当季と前2季の合計を3で割ります。売却益全額がそのまま当年の分母へ加わるという読み方はできません。規則集 Appendix 2 A.1.6(e)・A.1.13・A.1.53。具体的な補強予算への影響はリバプールの試算で説明しています。
比率の読み方について:本文の過年度の概算比率は、対象範囲・期間が異なり、代理人手数料の二重計上も除けていない参考計算です。現在の公式SCR、違反、補強可能額は示しません。115%はレッド基準の初期値で、許容枠により変わります。制度と適用条件も確認してください。
- Arsenal FC「Financial results for 2024/25」(クラブ公式。収入内訳・人件費・償却費・選手売却益)
- Chelsea FC「Financial results for 2024/25」(クラブ公式。収益£490.9m・選手売却益£57.9m・女子チーム£21.3m)
- Premier League「New Premier League financial system explained」(SCRの分子・分母の定義、しきい値、判定日)
- Premier League「Premier League statement on new financial system」(2025年11月の可決)
- The FA「Football Agent Fees 2025-26」(公式PDF。クラブ別の代理人手数料)
- UEFA「Finalisation of club monitoring for the 2025/26 season」(チェルシーへの€3m罰金)
- Companies House「Arsenal Holdings Limited / The Arsenal Football Club Limited」(決算原本)
- Companies House「Chelsea FC Holdings Limited」(決算原本)
- FourFourTwo「Chelsea financial accounts reveal why Blues must become a selling club immediately」(チェルシーの人件費約£390m・償却費約£212m。報道ベース)
- The Athletic(2025年夏に£300m規模を回収して計上利益は£32m)
本記事は公開情報に基づく非公式の解説です。比較表は筆者が条件を置いた計算で、各クラブの正式なSCRや承認済み予算を示すものではありません。
*