使用価値と正味売却価額で読む移籍 — コナテの引き留めと、ジャケの獲得
〜移籍金ゼロでも、年£25m〜£55m選手を持つ理由は「使って稼ぐ」か「売って稼ぐ」か。会計では使用価値と正味売却価額と呼びます。コナテをフリーで失い、ジャケに£55m払ったリヴァプールの選択を、レアルが実際に払っている金額から逆算して検算しました。
選手を保有する理由は、突きつめると2つしかありません。
- 使って稼ぐ — 試合に出し、勝ち、賞金と放映権と観客収入を得る
- 売って稼ぐ — 移籍金を受け取る
会計には、この2つにそのまま対応する言葉があります。
| 会計の言葉 | サッカーでの意味 |
|---|---|
| 使用価値 | その選手を使い続けて将来得られる金額 |
| 正味売却価額 | いま売ったら手に入る金額(費用を引いた後) |
そして回収可能価額は、この2つのうち高いほうと定められています。資産の価値は「使う」か「売る」か、得なほうで測るという考え方です。
この物差しで、2026年夏のリヴァプールの選択を検算します。
題材
対になる2つの出来事がありました。
| 内容 | |
|---|---|
| 出て行った | イブラヒマ・コナテ(27歳)が移籍金ゼロでレアル・マドリードへ |
| 入ってきた | ジェレミー・ジャケ(20歳)を£55m+アドオン£5mでレンヌから獲得 |
まず押さえるべきは、コナテは「売却」されていないという点です。契約が2026年6月30日に満了し、フリーで出て行きました。リヴァプールが受け取った金額は£0です。
いちばん大事な前提 — フリー移籍は「無料」ではない
ここを外すと、計算が全部ずれます。
移籍金がゼロでも、フリー移籍には必ず大きな費用がかかります。
- 契約時の一時金(サイニングボーナス)
- 代理人手数料
そして会計上、これらはその場の費用にはなりません。IAS38に基づき、選手の登録権という無形資産の取得に直接ひもづく支出として、資産に計上して契約年数で償却します(PwC、Double Exit)。
移籍金がゼロでも、償却費は発生する。 これがフリー移籍の実態です。
さらに、2026/27から始まるSCRでは代理人手数料も分子に入ります(Premier League)。
なお契約更新の場合も同じで、更新時の代理人手数料は、新たに合意した残存契約期間で償却されます。
レアルが実際に払っている金額
引き留めるといくらかかったのか。答えは、実際に獲った側の条件を見れば分かります。
報じられているレアル・マドリードの条件です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 週給 | 約£400,000(税引前)= 約€460,000 |
| 年俸 | 約€24m(グロス) |
| 契約時の一時金 | 約£17m |
| 契約年数 | 4年(2030年まで) |
| 4年間の給与合計 | 約£83m |
出典: CaughtOffside(スペイン紙 El Desmarque の報道)
一時金が£17m。 移籍金を払わずに済んだ分を、そのまま選手に回した形です。フリー移籍でこの構造になるのは典型的です。
帳簿に直すと、年いくらか
レアルの帳簿に、コナテは年いくらの費用として乗るか。
| 項目 | 計算 | 年あたり |
|---|---|---|
| 給与 | £400,000 × 52週 | £20.8m |
| 一時金の償却 | £17m ÷ 4年 | £4.25m |
| 合計 | £25.05m |
(償却額は本サイトによる計算値)
移籍金ゼロの選手が、年£25mの費用を生んでいる。
「タダで獲った」という見出しの裏側は、これです。
ジャケと並べる
SCRの分子に入る、年あたりの金額です。
| 償却費 | 給与 | 合計 | |
|---|---|---|---|
| コナテを引き留めた場合 | £4.25m(一時金の償却) | £20.8m | 年£25.05m |
| ジャケを獲得した場合 | £11m(£55m ÷ 5年) | 未公表 | 年£11m + 給与 |
差は年£14.05m(ジャケの給与を除く)。
ジャケの給与が仮に週£100,000(年£5.2m)だとしても、合計は年£16.2m。それでもコナテ引き留めより年£8m以上安い計算になります。
引き留めるほうが、はるかに高くつきました。
5年後に残るもの
コストだけではありません。最初の物差しに戻ります。
| 契約満了時の年齢 | そのときの正味売却価額 | |
|---|---|---|
| コナテ(引き留めた場合) | 31〜32歳 | ほぼゼロに近づく |
| ジャケ | 25歳 | 残っている可能性が高い |
どちらも契約満了時の簿価はゼロです。しかし正味売却価額がまったく違います。
32歳で契約が切れる選手には、次の買い手がつきにくい。25歳ならつきます。前に書いたとおり、簿価ゼロの選手を売れば、売値がまるごと利益になります。
つまりこの取引は、こう読めます。
年£14m安く済ませたうえに、5年後に残る資産価値まで手に入れた。
コストでも、回収可能価額でも、ジャケの獲得が上回っています。
それでも残る問題
ただし、この分析には続きがあります。
前に「契約残り1年の選手は、なぜ夏に売られるのか」で書いたとおり、残り1年の時点で売れば移籍金が入ります。
コナテは2021年夏、£36mでRBライプツィヒから加入しました(5年契約)。
£36m ÷ 5年 = 年£7.2m(計算値)
| 年度 | 償却費 | 年度末の簿価 |
|---|---|---|
| 2021/22 | £7.2m | £28.8m |
| 2022/23 | £7.2m | £21.6m |
| 2023/24 | £7.2m | £14.4m |
| 2024/25 | £7.2m | £7.2m |
| 2025/26 | £7.2m | £0 |
2025年夏、簿価は£7.2mでした。 この時点で売れていれば、売値から£7.2mを引いた分がまるごと売却益になります。
しかし実際には満了まで使い、2026年6月30日に簿価と正味売却価額が同時にゼロになりました。簿価は償却で、正味売却価額はボスマン判決で。
| 選択肢 | リヴァプールが得た額 |
|---|---|
| 2025年夏に売る | 移籍金(うち簿価£7.2mを超えた分が利益) |
| 実際: 満了まで使う | £0 |
ジャケとの比較では勝っている。しかし売却機会は逃している。 別々の話です。
もちろん、2025/26シーズンを主力センターバックと戦ったこと自体に価値はあります。それが使用価値です。 リヴァプールの2024/25の収益は£703mでリーグ最高、CLにも出続けています。その1年を戦い切るために残した、という説明は成り立ちます。
使用価値と正味売却価額、どちらが大きかったか。それは順位と欧州大会の結果でしか測れません。
見るときのポイント
- フリー移籍は無料ではない。一時金と代理人手数料は資産計上され、契約年数で償却される
- したがって移籍金ゼロでも、償却費は毎年発生する
- 引き留めのコストは、実際に獲った側の条件を見れば逆算できる
- 若い選手を高く買うのは、契約満了時に正味売却価額が残るから
- 契約満了日には、簿価と正味売却価額が同時にゼロになる
「タダで獲った」という見出しを見たら、一時金と代理人手数料はいくらかを探してください。そこに本当の金額が書かれています。
関連記事
出典
- Liverpool FC「Ibrahima Konate to join Real Madrid」 https://www.liverpoolfc.com/news/ibrahima-konate-join-real-madrid
- Liverpool FC「Liverpool complete signing of Jeremy Jacquet」 https://www.liverpoolfc.com/news/liverpool-complete-signing-jeremy-jacquet
- CaughtOffside「Real Madrid are paying a massive wage package to Konate」 https://www.caughtoffside.com/2026/06/07/ibrahima-konate-huge-real-madrid-package/
- Sky Sports「Jeremy Jacquet transfer news: Liverpool sign Rennes defender in £60m deal」 https://www.skysports.com/football/news/11669/13559447/jeremy-jacquet-transfer-news-liverpool-sign-rennes-defender-in-lb60m-deal-with-20-year-old-moving-to-anfield-this-summer
- Sky Sports「Ibrahima Konate: Liverpool trigger £36m release clause for RB Leipzig defender」 https://www.skysports.com/football/news/12040/12318887/ibrahima-konate-liverpool-trigger-gbp36m-release-clause-for-rb-leipzig-defender-and-hope-to-finalise-deal-in-next-few-days
- PwC「Agent fees(football accounting)」 https://viewpoint.pwc.com/dt/gx/en/pwc/industry/industry_INT/industry_INT/football/accounting-for-typical/relationships-with-play/6-agent-fees.html
- Double Exit「Accounting for Football Players – IAS38」 http://doubleexit.ie/accounting-for-football-players-ias38/
- Lagom Sports Compliance「How Agent Fees and Amortisation Drive UEFA Financial Risk」 https://www.lagomsportscompliance.com/insights-events/agent-fees-amortisation-transfer-window-uefa-squad-cost-rule
- Premier League「New Premier League financial system explained」 https://www.premierleague.com/en/news/4467022/new-premier-league-financial-system-explained
本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。移籍金・給与・一時金は報道された数値、償却費は本サイトによる計算値です。代理人手数料の金額は公表されておらず、この試算には含まれていません(含めれば引き留め側の金額はさらに増えます)。投資に関する助言を目的とするものではありません。
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