選手の減損という会計 — 期待外れだった選手は帳簿でどう処理されるか
〜失敗は、選手名なしの1行で残る〜No.41減損は、帳簿価額を回収できないと判断したときに費用を認識する処理です。不調や負傷のニュースだけで、自動的に減損額が決まるわけではありません。
償却との違いを数値例で説明します。クラブの決算に合計額があっても、選手別の内訳や評価の前提が公表されているとは限りません。
1. 償却と減損の違い
これも同じ話で、移籍金は契約年数で割って毎年費用にします(償却)。
£60m ÷ 5年 = 年£12m
そして帳簿に残る価値(簿価)は、毎年£12mずつ減っていきます。2年たてば簿価は£36mです。
これは時間だけを基準にした、機械的な計算です。その選手が活躍しているかどうかは、一切考慮されません。
減損とは何か
ところが、現実には簿価£36mの選手に、£36mの価値がないことがあります。
大怪我をした。監督の構想から外れた。クラブが降格して、その選手を必要とする買い手がいない。
このとき、帳簿上の価値を実態に合わせて切り下げるのが減損です。
プレミアリーグの公式説明でも、減損はこう定義されています。怪我、パフォーマンス、降格といった要因により、選手登録の価値が当初支払った額を下回った場合の処理です(Premier League「New Premier League financial system explained」、GIS「What Is Premier League Squad Cost Ratio?」)。
簿価£36mの選手を£10mまで切り下げれば、差額£26mがその年の費用になります。
総額は変わらない。タイミングだけが変わる
ここが最も誤解されやすい点です。
減損しても、支払った£60mは戻ってきません。 費用の総額も変わりません。変わるのは、いつ費用にするかだけです。
| 3年目 | 4年目 | 5年目 | |
|---|---|---|---|
| 減損しない場合 | £12m | £12m | £12m |
| 3年目に£26m減損した場合 | £38m | £0 | £0 |
3年目に一気に費用を計上し、その後は費用がゼロになる。将来の負担を、今年に前倒しする処理です。
以前に取り上げた8年契約の話は「費用を将来に先送りする」ものでした。減損はその逆向きです。
2. 財務ルール上の扱い
ここが本題です。2026/27シーズンから始まるSCRの式を確認します。
スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%
ここでの85%は国内SCRのグリーン基準です。分母は規則上の調整後の値で、国内のシーズン中の判定では事前合意した収益等を使います。欧州大会の対象クラブは、定義・期間の異なるUEFAの70%も別に確認します。費用枠の増加は、同額の移籍金を使えるという意味ではありません。公式説明。
分子のスカッドコストに何が入るのか。公式の定義はこうです。
- 選手とヘッドコーチ(監督)の給与
- 代理人手数料
- 移籍金の償却費、または減損
減損は、はっきりと分子に含まれます。 償却と並列に置かれています。
(このルールについては、アシスタントコーチやその他のコーチングスタッフ、事務・商業部門の人件費は含まれないことも明記されています。分子に入るのは、契約選手とヘッドコーチだけです)
つまり——
減損した年は、その分だけ比率が一気に悪化する。
£26mの減損を計上すれば、分子が£26m増えます。収入が£500mのクラブなら、比率は5ポイント以上動きます。
3. 減損判断と開示の限界
理由がここにあります。
PSR(3年間の累計損失を見るルール)の時代は、いつ減損しても3年の窓の中では同じでした。しかしSCRは毎シーズンの比率を見ます。
その年に減損すれば、その年の比率が跳ね上がる。
だから、上限に近いクラブほど減損を先送りしたくなります。しかし監査法人は、実態と乖離した簿価を認めません。「この選手に£36mの価値があると本当に言えますか」という問いから逃げられない。
ここに、いまのサッカー会計の緊張があります。
逆に、減損を選ぶ場面もある
一方で、あえて今年に減損を寄せる判断もあり得ます。
すでにその年の比率が絶望的なら、将来の負担を今年にまとめて落としてしまうほうが合理的です。来年以降の分子が軽くなるからです。
企業会計で「ビッグバス(大きな風呂)」と呼ばれる考え方です。どうせ悪い年なら、悪材料を全部出しきる。
初期の許容枠は30パーセントポイントで、レッド基準は115%から始まります。決算確認時の85%超過分に応じて翌季の枠が減り、減った枠は条件を満たせば10ポイントずつ、最大30ポイントまで回復します。課徴金は2027/28の違反分からで、追加確認・軽減措置等の条件があります。2026/27からのレッド超過の勝点減とは区別します。出典:プレミアリーグ公式、詳しい制度解説。
ただし減損は会計基準に従って必要な時点で認識するもので、財務ルールの枠に合わせて任意に先送りできるわけではありません。
選手名は書かれない
減損についてもう1つ。決算書に選手の名前は出ません。
「選手登録の減損として£◯m」と金額だけが書かれます。誰のことなのかは、クラブは明かしません。(→けがの費用)
しかし、移籍金と契約年数が分かっていれば、外部から簿価は推定できます。そこに公表された減損額を突き合わせれば、「この選手ではないか」という推測は可能です。
決算書は、クラブが認めたくない失敗を、金額の形で残します。
4. 集計数字と確認事項
2024/25シーズンについて、注意すべき数字があります。
プレミアリーグ20クラブの選手の償却費は£1,954mでした。一方、しばしば引用される£2.01bnという数字は、償却費に減損を加えた合算値です。
つまり両者の差が、おおよそのリーグ全体の減損額にあたります。ただし、減損額の正確な総額については、公表資料から確定的な数字を確認できませんでした。ここは断定を避けます。
見るときのポイント
決算のニュースを読むときは、この3点を見てください。
- 「償却費」と「償却費および減損」のどちらが書かれているか(合算値なら、その中に失敗が含まれています)
- 減損が計上された年は、その年だけ費用が跳ね上がる(翌年は軽くなります)
- 減損の多いクラブは、過去の補強が機能しなかったことを認めている
大型補強の成否は、2年後の決算書に、選手名なしの1行として現れます。
関連記事
出典
- Premier League「New Premier League financial system explained」
- GIS「What Is Premier League Squad Cost Ratio? SCR Rules Explained」
- The Sports Cast「What is SCR in the Premier League? New Squad Cost Ratio rules explained」
- Brabners「Out With PSR, In With SCR」
本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。
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