サッカースタジアムの経済学・総集編 — £1bnを借りて建てる建物は何を生むか
〜分子を増やさず、分母だけ増やせる投資〜£1bnサッカースタジアムの経済学・総集編。トッテナムは£1bn、エバートンは£800m。クラブはなぜ、これほどの借金をして建物を建てるのか。建設費、試合日収入、命名権、そして財務ルール上の特別扱いまで、スタジアムのお金を一本にまとめます。
このブログでは、移籍金、給与、放映権、規制と書いてきました。今回は建物の話です。
サッカークラブが持つ資産のうち、選手以外で最も大きいのがスタジアムです。そして最も高額な投資でもあります。この記事では、スタジアムをめぐるお金を一本にまとめます。
1. いくらかかるのか
スタジアムの経済を考えるとき、最初に押さえるのは建設費です。ここを間違えると、あとの経済の話がすべてずれます。
近年の代表的な例です。
| スタジアム | 開場 | 建設費 | 収容人数 |
|---|---|---|---|
| トッテナム・ホットスパー・スタジアム | 2019年 | 約£1bn | 62,062 |
| エバートンの新スタジアム(ブラムリー・ムーア・ドック) | 2025年 | 約£800m | 52,888 |
トッテナムの£1bnは、世界でも最も高額な部類のスタジアムです。プレミアリーグ1シーズンの中央配分(最下位でも£109m)の10年分に近い。
エバートンの新スタジアムは2025/26シーズンから使用され、プレミアリーグで7番目に大きいスタジアムになりました。
2. なぜ建てるのか — 試合日収入
答えは単純です。箱が大きくなれば、入る金が増えるから。
トッテナムの旧本拠地ホワイト・ハート・レーンは、収容約37,000人でした。新スタジアムは62,062人。25,000人以上増えています。そして開場後の数年で、試合日収入は倍増しました。
リーグ全体でも、2024/25シーズンに大きな節目がありました。
プレミアリーグ20クラブの試合日収入が、初めて£1bnを突破。 前年から£133m(15%)増。
クラブ別に見ると、こうです。
| クラブ | 試合日収入(2024/25) |
|---|---|
| マンチェスター・ユナイテッド | £160m |
| アーセナル | £154m |
£20m以上の伸びを記録したのはアーセナル、マンチェスター・ユナイテッド、トッテナムの3クラブ。いずれも欧州大会で準決勝以上に進出しています。試合数が増えれば、それだけ試合日収入も増える。スタジアムは、勝ち進むほど回転率が上がる装置です。
3. 命名権という追加の収入
スタジアムには、もう一つの稼ぎ方があります。名前を売ることです。
ただし、報道される金額には注意が必要です。多くの契約は命名権・胸スポンサー・練習着を束ねた「パッケージ」で、命名権だけの金額とは限りません。
| 内容 | |
|---|---|
| アーセナル/エミレーツ | 命名権単体では年£4〜6m程度とされる。ただし胸スポンサー・練習着を含む契約全体では年£60m超 |
| マンチェスター・シティ/エティハド | 命名権と胸スポンサーで年£67.5m。練習着(OKX)でさらに年£20m |
| トッテナム | 命名権で年£25mの獲得を目指しており、実現すれば3分野合計で年£62.5m |
命名権そのものの単価は、意外と安いというのが実情です。アーセナルの例が示すとおり、価値の大半は胸スポンサーにあります。
そしてここで、前に書いたAPTルールの話が効いてきます。エミレーツもエティハドも航空会社で、エティハドはマンチェスター・シティの所有者と関係の深い企業です。オーナー関連企業との取引は公正市場価値でなければならない——この規制が最も注目されるのが、まさにこの領域です。
4. 財務ルールの上での特別扱い
ここが、スタジアムの最も重要な性質です。
前に詳しく書いたとおり、スタジアムへの支出は財務ルールの外側にあります。
| ルール | スタジアムの扱い |
|---|---|
| PSR(3年間の累計損失に上限) | 有形固定資産の減価償却は損失計算から差し引ける |
| SCR(2026/27〜、比率で判定) | 分子は給与・償却費・代理人手数料のみ。スタジアムは入らない |
つまり——
選手に£100m使えば規制の対象。スタジアムに£1bn使っても対象外。
理由は「その支出が今週末の試合結果に影響するか」です。選手への支出は競争を歪める。建物への支出は歪めない。むしろ数年後に収入を生み、クラブを自立させる。
規制する側は、施設投資を促したいのです。
5. それでも危ない理由
ここまでだと「建てたほうが得」に聞こえます。しかし現実は単純ではありません。
帳簿と現金は別物だからです。減価償却は差し引けても、建設費の現金は出ていきます。£1bnの多くは借入でまかなわれ、返済と利息は毎年、確実に発生します。
- ルール上は有利:減価償却はPSRで控除、SCRの分子にも入らない
- 現実には重い:借入の返済と利息は、他の支出と同じ財布から出る
前に書いたとおり、帳簿の比率を守っていても、現金が尽きればクラブは止まります。給与は毎月、現金で払わなければなりません。
そして最悪の展開があります。建設中に降格すること。 収入は£100m規模で落ちるのに、建設費の返済は続く。この組み合わせを避けられるかどうかが、スタジアム計画の成否を分けます。
なお、建設のための借入にかかる利息がPSR・SCRの計算でどう扱われるかについては、公表資料から確定的な記述を確認できませんでした。この点は断定を避けます。
6. まとめ:スタジアムは「分母を増やす装置」
SCRの式で整理すると、スタジアムの役割がはっきりします。
スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%
| スタジアムの効果 | |
|---|---|
| 分子(スカッドコスト) | 入らない(いくら使っても比率は悪化しない) |
| 分母(調整後収益) | 試合日収入が増える+命名権の商業収入も増える |
分子を増やさずに分母を増やせる、数少ない投資です。上限規制のある世界では、これは決定的な性質を持ちます。
選手を買えば分子が増える。スタジアムを建てれば分母が増える。同じ£300mでも、意味が正反対です。
7. 見るときのポイント
スタジアム計画のニュースを読むときは、この5点を見てください。
- 収容人数は何人増えるのか(試合日収入に直結)
- 建設費は借入か、自己資金か、オーナーの拠出か
- 命名権は決まっているか(未定なら、その分の収入はまだ絵に描いた餅)
- 建設期間中、そのクラブは降格圏に近くないか
- 完成後、チケット価格は上がるか(前に書いたとおり、値上げは常態化しています)
新しいスタジアムの写真は、たいてい美しく報じられます。その裏にあるのは、10年以上かけて返す借金と、それを上回る収入を生むという賭けです。
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出典
- Premier League「What's new for 2025/26: Premier League's 62nd stadium」 https://www.premierleague.com/en/news/4372526/whats-new-for-202526-everton-to-host-62nd-different-stadium
- StadiumDB「Premier League's 50,000+ seat stadiums after Everton's new ground opens」 https://stadiumdb.com/news/2025/07/england_premier_leagues_50000_seat_stadiums_after_evertons_new_ground_opens
- Deloitte「Annual Review of Football Finance: Premier League Clubs」 https://www.deloitte.com/uk/en/services/consulting/research/annual-review-of-football-finance-premier-league-clubs.html
- Football Ground Guide「Who earns most from matchday revenue?」 https://footballgroundguide.com/news/who-earns-most-from-matchday-revenue-surprise-premier-league-club-leads-europe-in-growth-chart.html
- SportsPro「Arsenal's 'UK£70m' extension with Emirates continues England's most enduring stadium naming rights partnership」 https://www.sportspro.com/sponsorship-marketing/arsenal-emirates-stadium-renewal-70-million-shirt-august-2026/
- Brabners「Navigating the Premier League's profit and sustainability rules」 https://www.brabners.com/insights/sport/navigating-the-premier-leagues-profit-and-sustainability-rules-new-loopholes-explained
本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。金額は執筆時点で確認できた公表値・報道値です。
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