FFP・PSR・SCRは全部違うルール — 移籍1件を追いかけて覚える
〜FFP・PSR・SCRは、全部べつのルール〜No.02PSRは調整後の損失、SCRは対象費用と調整後収益の比率を見る仕組みです。略語が似ていても、同じ計算ではありません。
架空の移籍を「獲得・保有・売却」の順に追います。例の移籍金や給与は説明用の設定で、実在クラブの予算を示すものではありません。
1. 獲得費と毎年の負担
あるクラブが、£100m(100万ポンド=£1m なので、£100mは約1億ポンド、日本円でおよそ200億円)で選手を獲得しました。契約は5年です。
移籍金は「買い物」ではなく「資産の購入」
まず、いちばん大事なことから。
クラブは選手を「数年使える資産」として扱います。 工場が機械を買うのと同じ考え方です。機械は何年も使えるので、買った年に代金の全部を費用にするのはおかしい。だから使う年数で割って、少しずつ費用にしていきます。
会計の言葉では、これを 無形固定資産(むけいこていしさん) といいます。形のない財産、という意味です。工場の機械は「有形」、選手の契約は「無形」。
償却(しょうきゃく)
年数で割って少しずつ費用にすることを 償却 といいます。英語では amortisation です。
£100m を 5年契約で獲得した場合:
£100m ÷ 5年 = 年£20m
つまり、この選手の移籍金がクラブの帳簿に与える打撃は、今年は£20mだけです。残りの£80mは、これから4年かけて少しずつ費用になります。
ここが最初の関門です。ニュースの「£100m」と、財務ルールが見る「年£20m」は、まったく別の数字です。
償却期間の上限は5年
「じゃあ10年契約にすれば、年£10mで済むのでは?」
そう考えたクラブが実際にありました。8年、9年という超長期契約を連発したのです。そこでUEFAとプレミアリーグは、償却できる期間の上限を5年と決めました。
いま10年契約を結ぶこと自体は可能です。ただし会計上は5年で割るので、年£20mより軽くはなりません。抜け道は塞がれています。
簿価(ぼか)
償却が進むと、帳簿上の価値がだんだん減っていきます。この「帳簿に残っている価値」を 簿価(book value)といいます。
| 時点 | その年の償却費 | 簿価 |
|---|---|---|
| 獲得時 | — | £100m |
| 1年後 | £20m | £80m |
| 2年後 | £20m | £60m |
| 3年後 | £20m | £40m |
| 4年後 | £20m | £20m |
| 5年後 | £20m | £0 |
この「簿価」が、第4幕で決定的な意味を持ちます。 頭の片隅に置いておいてください。
第2幕:払い続ける
買って終わりではありません。ここからが本番です。
人件費(給与)は割れない
移籍金は5年で割れました。ところが 年俸は割れません。 毎年まるごと費用になります。
この選手の年俸が£10mだとすると、1年あたりの本当のコストは:
償却£20m + 年俸£10m = 年£30m
5年間の総額で見ると、£100m +(£10m × 5年)= £150m。移籍金より年俸のほうが重い、ということも珍しくありません。
だから 「フリー移籍だから安い」は、半分しか正しくありません。 移籍金ゼロなら償却もゼロですが、そのぶん年俸とボーナスが跳ね上がるのが普通だからです。(→ボスマン判決)
サイン時ボーナスと代理人手数料
契約時に選手へ支払われる一時金を サイン時ボーナス(signing-on fee)といいます。移籍金とは別枠で、選手本人の手に渡るお金です。
そして 代理人手数料(agent fee)。選手の代理人に支払われる報酬で、これも移籍のたびに発生します。
この2つも、後で出てくる財務ルールの計算に入ります。 「移籍金だけ見ていても、クラブの財布はわからない」というのは、こういう意味です。
リーグ全体でどれくらいの規模か
2024/25シーズンのプレミアリーグ20クラブ合計を見ると、規模が実感できます。
- 総収益:£6.8bn(bn=10億。£6.8bn は約1兆3千億円)
- 総人件費:£4.4bn
- 移籍金の償却費:£1,954m(約£2.0bn)
人件費と償却費を足すと約£6.35bn。収益£6.8bnのほとんどを、選手に関わる費用が食べています。 20クラブ合計の税引前損失は£948m(別の分析では£785m。集計の定義によって差が出ます)。
なお、£2.01bnという数字を見かけたら注意してください。それは償却費に減損(選手の価値を切り下げる処理)を加えた合算値で、償却費そのものではありません。
2. PSR・SCR・UEFA規則の違い
さて、使いすぎるとどうなるか。ここで冒頭の3つの略語が登場します。この3つは、別のルールです。 順番に整理します。
FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)— もう存在しない名前
FFPはUEFA(欧州サッカー連盟)のルールです。 構想が2009年に固まり、2011/12シーズンから実施されました。
狙いは「収入以上に使うな」でした。当時、大富豪オーナーが赤字を垂れ流しながら選手を買い集める例が相次ぎ、クラブが破綻するリスクが問題視されていたためです。
ただし、FFPという名前はもうありません。 UEFAは2022年6月に枠組みを刷新し、FSR(財務持続可能性規則) に置き換えました。
いまでもニュースで「FFP」と書かれることがありますが、それは通称、あるいは古い名前が残っているだけです。「FFP違反」という見出しを見たら、実際にはUEFAのFSRか、プレミアリーグの別のルールを指しています。
UEFAのFSR — 収益の70%まで
新しいFSRの目玉が スカッドコストルール です。
選手と監督の給与+移籍金の償却・減損+代理人手数料の合計を、収益の70%以内に抑えること。
これはヨーロッパのカップ戦(チャンピオンズリーグなど)に出るクラブに適用されます。(→カップ戦の賞金)
PSR(収益性・持続可能性規則)— プレミアリーグの国内ルール
一方、プレミアリーグには独自のルールがあります。それが PSR です。UEFAとは別物で、リーグ内のクラブすべてに適用されます。
PSRが見ていたのは「3年間でいくら損したか」でした。上限は3年合計で£105mの損失。
そして重要なのは、破ると勝点が引かれることです。実例が2つあります。
エバートンは、£105mの上限を£16.6m超過しました。当初10点減点の裁定が出て、クラブが不服を申し立て、6点減点に減軽されています。その後2度目の違反でさらに2点。
ノッティンガム・フォレストは、対象期間のうち2シーズンをチャンピオンシップ(2部)で過ごしていたため上限が£105mではなく£61mでした。これを£34.5m超過し、4点減点。
罰金ではなく順位が動く。だから財務ルールは、フロントだけの話ではなくピッチの話なのです。
SCR(スカッドコスト比率)— 2026/27からの現行ルール
そして2026/27シーズンから、プレミアリーグはPSRをやめてSCRに移行しました。
見るものが根本的に変わりました。「3年でいくら損したか」ではなく、「収益に対して選手にいくら使っているか」です。
スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%
分子と分母に何が入るかが、すべてです。
| 入るもの | 入らないもの | |
|---|---|---|
| 分子(スカッドコスト) | 選手・監督の給与、移籍金の償却費、代理人手数料 | 選手以外のスタッフ、アカデミー、女子チーム |
| 分母(調整後収益) | 試合日収入、放映権収入、商業収入、選手売却の利益 | スタジアム等の資産売却益、オーナーからの資金 |
判定は3段階です。
初期の許容枠は30パーセントポイントで、レッド基準は115%から始まります。決算確認時の85%超過分に応じて翌季の枠が減り、減った枠は条件を満たせば10ポイントずつ、最大30ポイントまで回復します。課徴金は2027/28の違反分からで、追加確認・軽減措置等の条件があります。2026/27からのレッド超過の勝点減とは区別します。出典:プレミアリーグ公式、詳しい制度解説。
なお、欧州カップ戦に出るクラブは、この85%に加えてUEFAの70%も同時に守る必要があります。強いクラブほど厳しいルールで戦っている、というわけです。(→UEFAの70%基準)
ここまでの整理
| 略語 | 誰のルールか | 何を見るか | いまの状態 |
|---|---|---|---|
| FFP | UEFA | 収入以上に使っていないか | 名前としては終了(2022年にFSRへ) |
| FSR | UEFA | スカッドコストが収益の70%以内か | 現行 |
| PSR | プレミアリーグ | 3年間の損失が£105m以内か | 2025/26で終了 |
| SCR | プレミアリーグ | スカッドコストが収益の85%以内か | 2026/27から現行 |
3. 売却益と残存簿価
3年が経ちました。第1幕の表を思い出してください。簿価は£40mまで減っています。
この選手を £70m で売ったとします。利益はいくらでしょうか。
£70m……ではありません。
売却益 = 売値 − 簿価
£70m − £40m = £30m
これが帳簿に乗る利益です。売値そのものではなく、帳簿に残っていた価値との差額が利益になります。
ピュアプロフィット — 自前の選手はまるごと利益
ここから、サッカー財務でいちばん有名な現象が出てきます。
自前のアカデミーで育てた選手は、簿価がゼロです。 移籍金を払っていないので、そもそも資産として計上されていないからです。
簿価ゼロで売却費用等もない設定なら、アカデミー出身の選手を£40mで売ると、£40mが売却益になります。英語圏では "pure profit"(ピュアプロフィット) と呼ばれます。
さらに彼らは登録枠の面でも有利です(ホームグロウン制度)。
しかも第3幕の表を見てください。選手売却の利益は、SCRの分母に入ります。 分母が増えれば、使える上限そのものが上がる。さらに売った選手の給与と償却が分子から消えるので、分子が減って分母が増えるという二重の効き方をします。
「なぜ将来有望な自前の若手を売るのか」 という疑問の答えは、ピッチではなく決算書にあります。
6月30日という締切
もうひとつ、覚えておくと得をする言葉があります。決算期です。
多くのプレミアクラブは6月30日を年度の区切りにしています。この日を1日でも過ぎた売却は、その利益が翌年度の数字になります。(→6月30日という締切)
だから毎年6月末になると、説明のつきにくい駆け込み移籍が起きます。あれは戦力の話ではなく、期日の話です。「6月30日までに成立させたい」という報道を見たら、そのクラブは今年度の数字を作りにいっている、と読めます。
4. オーナー資金と用語の整理
最後の論点です。「オーナーが大富豪なら、いくらでも買えるのでは?」
APT(関連当事者取引)
関連当事者取引(Associated Party Transaction、APT)とは、クラブとオーナー側の関係者とのあいだの取引のことです。
たとえばオーナーの関連会社が、相場よりはるかに高いスポンサー料をクラブに払う。これを認めると、実質的にオーナーが好きなだけ収益を作れてしまいます。だからプレミアリーグは、こうした契約が市場価格(FMV)に見合っているかを審査しています。
オーナー借入という抜け道と、その封鎖
ところが長らく、オーナーからの借入だけは審査の対象外でした。
プレミアリーグのクラブが抱える借入は全体で約£4bn。そのうち£1.5bnがオーナーからの借入です。主なところで、ブライトン£373m、アーセナル£259m、チェルシー£146m、リヴァプール£137m。そのほとんどが無利子です。
普通なら£300m借りれば年に何十億円もの利息を払います。それがタダ。事実上、コストゼロで使える資金でした。
この不均衡を法的に突いたのがマンチェスター・シティでした。「スポンサー契約は審査するのに、無利子の借入を審査しないのは筋が通らない」。裁定はこの理屈を認め、ルールが変わりました。
2024年11月22日以降のオーナー借入は、市場価格の審査対象になりました。無利子で借りていても、「銀行から借りていたら払っていたはずの利息」を、払っていなくても費用として計上させられます。
そして決定的なこと
もう一度、第3幕の表を見てください。
オーナーからの資金は、SCRの分母に入りません。
つまり、借入や増資そのものでは、SCR上の年間費用枠は直接増えません。支払いに使える現金が増えることとは別です。
PSRの時代は「3年で£105mまでの赤字」という枠でした。赤字の穴はオーナーの金で埋められた。だから「オーナーが金持ちかどうか」が本当に効きました。
SCRの基準は「収益の85%」。分母はクラブが自分で稼いだ金だけです。
オーナーの金がまったく無意味になったわけではありません。スタジアムや練習場、アカデミー施設への投資はスカッドコストに入らず、しかも将来の収益(=分母)を押し上げます。つまりオーナーの金は、規則内で選手獲得や給与にも使えます。ただし増資・借入そのものはSCRの分母を直接増やしません。
スタジアム改修のニュースが以前より重要になったのは、こういう理由です。
この記事で出てきた言葉
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| 無形固定資産 | 形のない財産。選手の契約もこれに入る |
| 償却(amortisation) | 移籍金を契約年数で割って、毎年少しずつ費用にすること。上限5年 |
| 簿価(book value) | 償却した分を引いた、帳簿に残っている価値 |
| サイン時ボーナス | 契約時に選手本人へ支払われる一時金 |
| 代理人手数料 | 代理人への報酬。財務ルールの計算に入る |
| FFP | UEFAが2011/12から実施した旧ルール。2022年にFSRへ。もう古い名前 |
| FSR | UEFAの現行ルール。スカッドコストは収益の70%以内 |
| PSR | プレミアリーグの旧ルール。所定条件を満たす場合、3年間の調整後損失最大£105mまで。2025/26で終了 |
| SCR | プレミアリーグの現行ルール。スカッドコストは収益の85%以内 |
| レビー(levy) | 2027/28の違反分から。グリーン超過・レッド以下の追加確認等の条件により発生 |
| 売却益 | 売値 − 簿価 |
| ピュアプロフィット | 簿価がゼロなら売却費用等を除いた売値に近い利益 |
| 決算期 | 年度の区切り。多くのクラブは6月30日 |
| APT(関連当事者取引) | クラブとオーナー側関係者の取引。市場価格の審査を受ける |
これだけ押さえておけば、移籍のニュースはほとんど読めます。
そして次にニュースを見たときは、この3つだけ確認してみてください。「契約は何年か」「年俸はいくらか」「同時に誰を売ったか」。 クラブが次に何をするかが、かなりの精度で見えてくるはずです。
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出典
売却益の算入期間について:国内SCRのシーズン中の判定は規定の移籍期間に対応する利益を3で割り、実績確認は当季と前2季の合計を3で割ります。売却益全額がそのまま当年の分母へ加わるという読み方はできません。規則集 Appendix 2 A.1.6(e)・A.1.13・A.1.53。具体的な補強予算への影響はリバプールの試算で説明しています。
- Premier League「New Premier League financial system explained」
- Sky Sports「Premier League clubs approve new Squad Cost Ratio rules to replace PSR」
- UEFA「Explainer: UEFA's new Financial Sustainability regulations」
- Sky Sports「UEFA's new financial sustainability regulations to replace FFP」
- UEFA「Club Licensing and Financial Sustainability Regulations(2025年版・規則原文)」
- Premier League「Nottingham Forest FC deducted four points by independent Commission」
- Sky Sports「Everton deducted two points for breaching PSR for second time」
- Deloitte「Annual Review of Football Finance: Premier League Clubs」
- Brabners「Out With PSR, In With SCR」
- Farrer & Co「Premier League financial fair play rules reform explained」
本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。投資や賭けの判断材料として書かれたものではありません。数値は執筆時点(2026年8月)に確認できたものです。
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