FFP・PSR・SCRは全部違うルール — 移籍1件を追いかけて覚える

〜FFP・PSR・SCRは、全部べつのルール〜No.02

FFP・PSR・SCRの違いを、架空の移籍を1件、買うところから売るところまで追いかけて整理します。名前は似ていますが、PSRとSCRは測っているものがまったく違います。

サッカー財務

「FFP違反で勝点剥奪」「PSRのために売却」「SCRの85%が」。

サッカーのニュースには、こういう略語が当たり前のように出てきます。しかも困ったことに、この3つは全部違うルールです。ひとつは10年以上前に始まって、もう名前が変わっているものすらあります。

この記事では、架空の移籍を1件、最初から最後まで追いかけます。 クラブが選手を買い、給料を払い、ルールに怒られ、やがて売る。その流れの中で出てくる言葉を、出てきた順に説明していきます。

読み終わる頃には、移籍のニュースがだいぶ違って見えるはずです。予備知識はいりません。


上限 85%85%
SCRの上限は85%。ここが新しい基準線になる

第1幕:買う

あるクラブが、£100m(100万ポンド=£1m なので、£100mは約1億ポンド、日本円でおよそ200億円)で選手を獲得しました。契約は5年です。

移籍金は「買い物」ではなく「資産の購入」

まず、いちばん大事なことから。

クラブは選手を「数年使える資産」として扱います。 工場が機械を買うのと同じ考え方です。機械は何年も使えるので、買った年に代金の全部を費用にするのはおかしい。だから使う年数で割って、少しずつ費用にしていきます。

会計の言葉では、これを 無形固定資産(むけいこていしさん) といいます。形のない財産、という意味です。工場の機械は「有形」、選手の契約は「無形」。

償却(しょうきゃく)

年数で割って少しずつ費用にすることを 償却 といいます。英語では amortisation です。

£100m を 5年契約で獲得した場合:

£100m ÷ 5年 = 年£20m

つまり、この選手の移籍金がクラブの帳簿に与える打撃は、今年は£20mだけです。残りの£80mは、これから4年かけて少しずつ費用になります。

ここが最初の関門です。ニュースの「£100m」と、財務ルールが見る「年£20m」は、まったく別の数字です。

償却期間の上限は5年

「じゃあ10年契約にすれば、年£10mで済むのでは?」

そう考えたクラブが実際にありました。8年、9年という超長期契約を連発したのです。そこでUEFAとプレミアリーグは、償却できる期間の上限を5年と決めました。

いま10年契約を結ぶこと自体は可能です。ただし会計上は5年で割るので、年£20mより軽くはなりません。抜け道は塞がれています。

簿価(ぼか)

償却が進むと、帳簿上の価値がだんだん減っていきます。この「帳簿に残っている価値」を 簿価(book value)といいます。

時点その年の償却費簿価
獲得時£100m
1年後£20m£80m
2年後£20m£60m
3年後£20m£40m
4年後£20m£20m
5年後£20m£0

この「簿価」が、第4幕で決定的な意味を持ちます。 頭の片隅に置いておいてください。


第2幕:払い続ける

買って終わりではありません。ここからが本番です。

人件費(給与)は割れない

移籍金は5年で割れました。ところが 年俸は割れません。 毎年まるごと費用になります。

この選手の年俸が£10mだとすると、1年あたりの本当のコストは:

償却£20m + 年俸£10m = 年£30m

5年間の総額で見ると、£100m +(£10m × 5年)= £150m。移籍金より年俸のほうが重い、ということも珍しくありません。

だから 「フリー移籍だから安い」は、半分しか正しくありません。 移籍金ゼロなら償却もゼロですが、そのぶん年俸とボーナスが跳ね上がるのが普通だからです。

サイン時ボーナスと代理人手数料

契約時に選手へ支払われる一時金を サイン時ボーナス(signing-on fee)といいます。移籍金とは別枠で、選手本人の手に渡るお金です。

そして 代理人手数料(agent fee)。選手の代理人に支払われる報酬で、これも移籍のたびに発生します。

この2つも、後で出てくる財務ルールの計算に入ります。 「移籍金だけ見ていても、クラブの財布はわからない」というのは、こういう意味です。

リーグ全体でどれくらいの規模か

2024/25シーズンのプレミアリーグ20クラブ合計を見ると、規模が実感できます。

  • 総収益:£6.8bn(bn=10億。£6.8bn は約1兆3千億円)
  • 総人件費:£4.4bn
  • 移籍金の償却費:£1,954m(約£2.0bn)

人件費と償却費を足すと約£6.35bn。収益£6.8bnのほとんどを、選手に関わる費用が食べています。 20クラブ合計の税引前損失は£948m(別の分析では£785m。集計の定義によって差が出ます)。

なお、£2.01bnという数字を見かけたら注意してください。それは償却費に減損(選手の価値を切り下げる処理)を加えた合算値で、償却費そのものではありません。


第3幕:怒られる — FFP・PSR・SCRの正体

さて、使いすぎるとどうなるか。ここで冒頭の3つの略語が登場します。この3つは、別のルールです。 順番に整理します。

FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)— もう存在しない名前

FFPはUEFA(欧州サッカー連盟)のルールです。 構想が2009年に固まり、2011/12シーズンから実施されました。

狙いは「収入以上に使うな」でした。当時、大富豪オーナーが赤字を垂れ流しながら選手を買い集める例が相次ぎ、クラブが破綻するリスクが問題視されていたためです。

ただし、FFPという名前はもうありません。 UEFAは2022年6月に枠組みを刷新し、FSR(財務持続可能性規則) に置き換えました。

いまでもニュースで「FFP」と書かれることがありますが、それは通称、あるいは古い名前が残っているだけです。「FFP違反」という見出しを見たら、実際にはUEFAのFSRか、プレミアリーグの別のルールを指しています。

UEFAのFSR — 収益の70%まで

新しいFSRの目玉が スカッドコストルール です。

選手と監督の給与+移籍金+代理人手数料の合計を、収益の70%以内に抑えること。

これはヨーロッパのカップ戦(チャンピオンズリーグなど)に出るクラブに適用されます。

PSR(収益性・持続可能性規則)— プレミアリーグの国内ルール

一方、プレミアリーグには独自のルールがあります。それが PSR です。UEFAとは別物で、リーグ内のクラブすべてに適用されます。

PSRが見ていたのは「3年間でいくら損したか」でした。上限は3年合計で£105mの損失。

そして重要なのは、破ると勝点が引かれることです。実例が2つあります。

エバートンは、£105mの上限を£16.6m超過しました。当初10点減点の裁定が出て、クラブが不服を申し立て、6点減点に減軽されています。その後2度目の違反でさらに2点。

ノッティンガム・フォレストは、対象期間のうち2シーズンをチャンピオンシップ(2部)で過ごしていたため上限が£105mではなく£61mでした。これを£34.5m超過し、4点減点

罰金ではなく順位が動く。だから財務ルールは、フロントだけの話ではなくピッチの話なのです。

SCR(スカッドコスト比率)— 2026/27からの現行ルール

そして2026/27シーズンから、プレミアリーグはPSRをやめてSCRに移行しました。

見るものが根本的に変わりました。「3年でいくら損したか」ではなく、「収益に対して選手にいくら使っているか」です。

スカッドコスト ÷ 調整後収益 ≦ 85%

分子と分母に何が入るかが、すべてです。

入るもの入らないもの
分子(スカッドコスト)選手・監督の給与、移籍金の償却費、代理人手数料選手以外のスタッフ、アカデミー、女子チーム
分母(調整後収益)試合日収入、放映権収入、商業収入、選手売却の利益スタジアム等の資産売却益、オーナーからの資金

判定は3段階です。

  • 85%以下 … セーフ(グリーン)
  • 85%超〜115% … 勝点は引かれないが、課徴金(レビー)を払う
  • 115%超6点減点からスタートし、£6.5m超過するごとに1点追加

なお、欧州カップ戦に出るクラブは、この85%に加えてUEFAの70%も同時に守る必要があります。強いクラブほど厳しいルールで戦っている、というわけです。

ここまでの整理

略語誰のルールか何を見るかいまの状態
FFPUEFA収入以上に使っていないか名前としては終了(2022年にFSRへ)
FSRUEFAスカッドコストが収益の70%以内か現行
PSRプレミアリーグ3年間の損失が£105m以内か2025/26で終了
SCRプレミアリーグスカッドコストが収益の85%以内か2026/27から現行

第4幕:売る — ここがいちばん面白い

3年が経ちました。第1幕の表を思い出してください。簿価は£40mまで減っています。

この選手を £70m で売ったとします。利益はいくらでしょうか。

£70m……ではありません。

売却益 = 売値 − 簿価

£70m − £40m = £30m

これが帳簿に乗る利益です。売値そのものではなく、帳簿に残っていた価値との差額が利益になります。

ピュアプロフィット — 自前の選手はまるごと利益

ここから、サッカー財務でいちばん有名な現象が出てきます。

自前のアカデミーで育てた選手は、簿価がゼロです。 移籍金を払っていないので、そもそも資産として計上されていないからです。

すると、アカデミー出身の選手を£40mで売れば、£40mがまるごと利益になります。英語圏では "pure profit"(ピュアプロフィット) と呼ばれます。

さらに彼らは登録枠の面でも有利です(ホームグロウン制度)。

しかも第3幕の表を見てください。選手売却の利益は、SCRの分母に入ります。 分母が増えれば、使える上限そのものが上がる。さらに売った選手の給与と償却が分子から消えるので、分子が減って分母が増えるという二重の効き方をします。

「なぜ将来有望な自前の若手を売るのか」 という疑問の答えは、ピッチではなく決算書にあります。

6月30日という締切

もうひとつ、覚えておくと得をする言葉があります。決算期です。

多くのプレミアクラブは6月30日を年度の区切りにしています。この日を1日でも過ぎた売却は、その利益が翌年度の数字になります。

だから毎年6月末になると、説明のつきにくい駆け込み移籍が起きます。あれは戦力の話ではなく、期日の話です。「6月30日までに成立させたい」という報道を見たら、そのクラブは今年度の数字を作りにいっている、と読めます。


第5幕:オーナーが金を出す

最後の論点です。「オーナーが大富豪なら、いくらでも買えるのでは?」

APT(関連当事者取引)

関連当事者取引(Associated Party Transaction、APT)とは、クラブとオーナー側の関係者とのあいだの取引のことです。

たとえばオーナーの関連会社が、相場よりはるかに高いスポンサー料をクラブに払う。これを認めると、実質的にオーナーが好きなだけ収益を作れてしまいます。だからプレミアリーグは、こうした契約が市場価格(FMV)に見合っているかを審査しています。

オーナー借入という抜け道と、その封鎖

ところが長らく、オーナーからの借入だけは審査の対象外でした。

プレミアリーグのクラブが抱える借入は全体で約£4bn。そのうち£1.5bnがオーナーからの借入です。主なところで、ブライトン£373m、アーセナル£259m、チェルシー£146m、リヴァプール£137m。そのほとんどが無利子です。

普通なら£300m借りれば年に何十億円もの利息を払います。それがタダ。事実上、コストゼロで使える資金でした。

この不均衡を法的に突いたのがマンチェスター・シティでした。「スポンサー契約は審査するのに、無利子の借入を審査しないのは筋が通らない」。裁定はこの理屈を認め、ルールが変わりました。

2024年11月22日以降のオーナー借入は、市場価格の審査対象になりました。無利子で借りていても、「銀行から借りていたら払っていたはずの利息」を、払っていなくても費用として計上させられます。

そして決定的なこと

もう一度、第3幕の表を見てください。

オーナーからの資金は、SCRの分母に入りません。

つまり、借りようが、増資してもらおうが、使える上限は1ペンスも増えない。

PSRの時代は「3年で£105mまでの赤字」という枠でした。赤字の穴はオーナーの金で埋められた。だから「オーナーが金持ちかどうか」が本当に効きました。

SCRの基準は「収益の85%」。分母はクラブが自分で稼いだ金だけです。

オーナーの金がまったく無意味になったわけではありません。スタジアムや練習場、アカデミー施設への投資はスカッドコストに入らず、しかも将来の収益(=分母)を押し上げます。つまりオーナーの金は、「選手を買う金」から「収益を育てる金」に役割が移ったのです。

スタジアム改修のニュースが以前より重要になったのは、こういう理由です。


この記事で出てきた言葉

言葉意味
無形固定資産形のない財産。選手の契約もこれに入る
償却(amortisation)移籍金を契約年数で割って、毎年少しずつ費用にすること。上限5年
簿価(book value)償却した分を引いた、帳簿に残っている価値
サイン時ボーナス契約時に選手本人へ支払われる一時金
代理人手数料代理人への報酬。財務ルールの計算に入る
FFPUEFAが2011/12から実施した旧ルール。2022年にFSRへ。もう古い名前
FSRUEFAの現行ルール。スカッドコストは収益の70%以内
PSRプレミアリーグの旧ルール。3年間の損失£105mまで。2025/26で終了
SCRプレミアリーグの現行ルール。スカッドコストは収益の85%以内
レビー(levy)85〜115%のときに払う課徴金。勝点は引かれない
売却益売値 − 簿価
ピュアプロフィット簿価ゼロのアカデミー出身選手を売ったときの、まるごと利益
決算期年度の区切り。多くのクラブは6月30日
APT(関連当事者取引)クラブとオーナー側関係者の取引。市場価格の審査を受ける

これだけ押さえておけば、移籍のニュースはほとんど読めます。

そして次にニュースを見たときは、この3つだけ確認してみてください。「契約は何年か」「年俸はいくらか」「同時に誰を売ったか」。 クラブが次に何をするかが、かなりの精度で見えてくるはずです。


出典

本記事は個人が公開情報をもとに作成した非公式の解説であり、いずれのクラブ・団体とも関係はありません。投資や賭けの判断材料として書かれたものではありません。数値は執筆時点(2026年8月)に確認できたものです。

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